私はディープインパクトと名付けられた馬です。いや、そもそも「馬」という自覚なんてなくて、ただ生きてるだけ。サラブレットという分類になるらしい。
サラブレッド(英語: Thoroughbred)とは、18世紀初頭にイギリスでアラブ馬やハンター(狩猟に用いられたイギリス在来の品種)等から競走用に品種改良された軽種馬である。(ウィキぺディアより)
なんだか背中に人間が乗ってきて、ムチで叩いてきて、ひたすら謎のドームの中を円周することが日常と化している。ほんとにやめてほしい。そもそもディープインパクトってネーミングがダサすぎて困惑している。深い衝撃・・・。楓とか、春とか、そんな名前にしてほしかった。というか、誰かに「私の名前」を名付ける権利などない。レース前にスマホで調べてみる。
名を変更するためには、「家庭裁判所」に申し立てをし、変更の許可を得るための手続きをする必要があります。 「家庭裁判所」において、正当な事由があると判断をされた場合に限り、名の変更をすることができるようになります。(「横浜市」より)
はー!「正当な事由」とは・・・?単なる個人的趣味、感情、信仰上の希望等のみでは足りない、らしい。ふざけてるだろ。
で、レースが始まって、終わってた。
周りの人間たちは、馬券を振り撒いて阿鼻叫喚しているが、私の方が阿鼻叫喚ですよね。
他の馬も叩かれている。叩かれることで、「早く走らないと!」と身体が勝手に動いてしまうね。人間も叩かれたら、早く走るんだろうか。オリンピックとか見てるけど、誰も叩かれて走っていない。早く走りたいなら叩けばいいのに。ウサインボルトは平均速度は時速37キロくらいらしい。私は63キロくらいです。
なんで私より遅いやつに叩かれて、私は早くは走ってるんだろう。いやそもそも。そんな比較社会で生きたくない。走りたいときに走って、あとは寝ていたい。美味しいものが食べたい。ニンジンが好きと人間は思い込んでいるが、私が一番好きなのは、パイナップルです。
馬がニンジンを好む一番の理由は「甘味」です。草食動物の中でも甘味が大好きな馬は、甘い野菜、フルーツが大好きです。たとえば、りんご、かぼちゃ、バナナ、もっとダイレクトなところでいえば、角砂糖、黒砂糖。飲み物ならスポーツドリンク等!大事なのは糖度(砂糖の量)だけが甘さというわけではなく、酸味の高さや、果糖、ブドウ糖の量なども甘さを感じるバロメーターになります。ただし、馬それぞれの個体の経験や好みもあるので、ニンジンがあまり好きではない子もいます。(乗馬クラブクレインより)
それでレース終了後、胃が痛くなってきて「あー胃薬ください〜」と思いながら将来について思いを馳せていた。「競走馬の9割が胃潰瘍でストレスが原因」とネットに書いてたけど、当たり前だろ。
もう早く走れなくなって、登録抹消されたら。私の未来はどうなるんですか。心配すぎる。と思い至り、青木玲『競走馬の文化史』を読んだ。
「(登録抹消された馬の行き先で)一番多いのは『乗馬』である。しかし、その大半が遠からず肉用になることは、関係者の間では暗黙の了解事項なのだ。もちろん、本当の乗馬になる馬も少なくないが、全体から見たら一部に過ぎない」(青木玲『競走馬の文化史』)
まじかよ。最悪じゃん。
ということで、読み終わった瞬間。私は柵を突き破り脱走していた。目的地もなく。さようなら〜。私は、私の生を。ちゃんと生きることにしたよ。恋もしてみたいな。心地よい風が吹いてる。こんな、風を感じたかったんだな。生まれてから、ずっとそう思っていたことに、今更気づいた。チャットモンチーの『風吹けば恋』が、ウォークマンから流れている。誰にも渡さないよ、私の馬生を。
足が止まらない
行け!行け! あの人の隣まで
誰にも渡したくないんだ
風! 風! 導いておくれよ